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リングの外側で、できること。

2026年6月3日

群馬県高崎市。倉庫をリノベーションしてつくったキックボクシング・格闘技ジム
003①高崎市。壁も天井もない、六十坪の倉庫でした。

リングの外側で、できること。

プロボクサーを辞めて十数年。今度は、つくる側からリングに関わることになりました。

2016年の秋のことです。

高崎市にある六十坪の倉庫で、私は一人の男性と向かい合っています。

田中将士さん。

現役のプロキックボクサーです。

知り合いの不動産会社から紹介を受け、最初にお会いしたのがこの場所です。

建築会社が資材置き場として使っていた建物で、中に残っているのは古い流し台とトイレくらい。

壁もなければ、天井もありません。

話す声が、そのまま奥まで響いていきます。

田中さんは会社員として働きながら、プロとして試合に出ている方です。

考えていたのは、自分も練習を続けながら、人に教えることのできるジムを持つこと。

ただ、この時点では物件をまだ正式に申し込む前です。

金融機関とは話を進めていて、融資の判断に必要なのは、この倉庫を借りてジムを完成させるまでの総額。

つまり、先に決めなければならないのは金額ではありません。

この六十坪に、どんなジムをつくるのか。

そこが決まらなければ、金額も出ない。

ここから、この仕事は始まります。

リングを知っている、ということ

現地を歩きながら、私も以前プロボクサーだったという話をします。

ボクシングとキックボクシング。競技は違います。

それでも、働きながら練習を続け、試合に向けて身体をつくり、リングに上がる。その生活には共通する感覚があります。

初対面ですが、話は早かったと思います。

そして、こうも思います。

リングの中にいた頃の経験を、今度は建築の側から使えるのではないか。

ジムというのは、必要なものを並べれば成立するわけではありません。

リングをどこに置くか。

サンドバッグをどこから吊るすか。

受付から練習スペースへ、どう人を導くか。

練習を終えた人がシャワーへ向かい、着替え、またフロアへ戻る。その動線をどうつくるか。

人がどう動き、どこに立ち、何をするのか。

配置が変われば、同じ六十坪でも使われ方はまるで変わります。

そしてこれは、図面の上だけで決めきれるものではありません。

自分がジムに通っていた頃、どこで汗を拭き、どこにグローブを置き、どこで息を整えていたか。

そういう記憶のほうが、役に立ちます。

田中さんの希望をうかがいながら、リング、ロッカー、受付、サンドバッグの位置を手描きで書き起こしていく。

それをもとに、正式な図面とパースは知り合いの一級建築士へ依頼します。

出来上がった案は、大きな変更もなく田中さんの考えと重なります。

2016年10月頃のことです。

資材置き場だった倉庫に、ジムとしての輪郭が見えはじめます。

まだ存在しない場所に、金額をつける

次は、見積もりです。

建築は、イメージだけでは始まりません。

何をつくるのか。

何が必要なのか。

どこまでやるのか。

そして、いくらかかるのか。

予算というのは、何かを削るためだけの数字ではありません。

限られた条件の中で、何を優先するのかを決めるための数字でもあります。

このジムの場合、優先すべきものははっきりしています。

人が身体を動かす場所です。

床と、水回りと、換気。

ここを削れば、通う人がすぐに気づきます。

逆に、後からでも変えられるものは後回しにする。

そういう順番で、金額を組み立てていきます。

図面から必要な工事を拾い、見積もりへ落とし込む。

その金額を持って金融機関の事前審査へ進み、承認を受けてから物件を正式に申し込む。

賃貸借契約、工事請負契約と進み、2016年12月に着工します。

この頃には大八木町のオフィスも完成していて、打ち合わせに田中さんへ来ていただくこともありました。

計画だったものが、ここから実際の空間へ変わっていきます。

六十坪を、誰とつくるか

解体には、設備を担当していた社員だけでなく、普段はクリーニングを中心に動いていた社員も入ります。

設備社員が給湯、給排水を引き直し、電気とガスの先行工事へ。

この二つは何社も見積もりを取り、ようやくタイミングと金額の合った業者に入ってもらいます。

内部の足場は、田中さんの知り合いの足場屋さん。

壁と天井のLGS、断熱材、ボードは、軽天屋の先輩。

リングのコーナーポストと、サンドバッグを吊るす鉄骨の架台は、同級生の鉄骨屋。

床は、その頃に知り合ったばかりの大工。

受付カウンターは、大八木町の外壁にスクラップウッドを張ってくれた多能工の職人によるものです。

リングもサンドバッグも、床に置けば済むものではありません。

人が本気で打てば、その力はどこかへ抜けていきます。

抜けた先が弱ければ、揺れるか、いずれ壊れる。

だから力を受け止める骨を先に用意して、そこへ返すようにつくる。

見えなくなる部分ですが、この建物で一番先に考えたのはそこです。

設備、軽天、鉄骨、大工、電気、ガス、塗装。

異なる技術を持つ人が同じ場所に入り、それぞれの仕事が重なっていきます。

配管が通り、壁が立ち、鉄骨が組まれ、仕上げが加わる。

職種と職種の間にある「取り合い」が納まって、はじめて一つの空間になります。

建築は、一人ではつくれません。

当たり前のことですが、この頃の自分には、そのこと自体が面白く思えていました。

そして同時に、別の考えも強くなっていきます。

この技術を、会社の中でつなぐことができたらどうなるのか。

この現場の施工内容と写真はWORKSにまとめています(BRAVE FIGHT CLUB 施工事例へ)

東京から来た、塗装屋

塗装をお願いしたのは、東京にいた頃から知っているボクシング仲間です。

年齢は私より下ですが、ジムでは先輩にあたります。

当時は東京で個人の塗装屋として仕事をしていて、私が不動産会社に勤めていた頃には、塗装工事をお願いすることもありました。

この現場には、東京から群馬へ通ってもらいます。

一緒に手を動かしていると、自然とこれからの話になります。

すでに同級生の設備屋が社員として入っている。

仕事先で知り合った内装屋の先輩も、この現場から社員として加わっている。

そこに塗装屋が入り、いずれ大工や電気屋も加わったらどうなるのか。

ハウスクリーニングから始まり、設備、内装、塗装、大工。

専門の違う職人が一つの会社に集まり、その技術をつなぐ。

工程も、納まりも、その場で話ができる。

当時の自分には、それが建築会社としてとても強い形に見えていました。

リノベーションの仕事を、もっと増やしたい。

自社施工のできる会社をつくりたい。

そんな話の流れで、私は言います。

「群馬に来て、一緒にやらないか。」

塗装工事は一週間ほどで終わり、彼はいったん東京へ戻ります。

しばらくして、返事が届きました。

「俺も群馬へ移住して、社員になるよ。」

リングの外側で

工事は仕上げへ進んでいきます。

スチールロッカーを買ってきて、みんなで組み立てる。

建物の顔になるファサードには、大八木町のオフィスでも使った造形モルタルを選んでいます。

下地を創り、塗って、削って、また重ねる。

手仕事による凹凸と陰影を、そのまま表情として見せる仕上げです。

今とは、素材の選び方も美意識も違います。

それでも、当時の自分たちが何に惹かれ、どんな空間をつくろうとしていたのかは、よく表れているように思います。

2017年4月11日。

BRAVE FIGHT CLUBがオープンしました。

その日、田中さんをはじめ関係者みんなで撮った写真が、今も残っています。

少し経ってから、一度立ち寄る機会がありました。

何もなかった六十坪に人がいて、音が鳴り、汗のにおいがする。

私たちが引き渡したのは箱ですが、そこから先は、通う人たちの場所です。

つくった側の手を離れて、建物が使われはじめている。

それを見るのが、思っていたよりずっと嬉しいことです。

田中さんにとっては、自分のジムが始まった日。

私にとっては、リングの中にいた頃の経験が、思いがけず建築という仕事につながった現場です。

003②BRAVE FIGHT CLUBがオープンしました
003②BRAVE FIGHT CLUBがオープンしました

群馬へ来てくれた人のこと

オープンから二か月後の2017年6月。

あの塗装屋が、東京で続けていた仕事をたたんで群馬へ移ってきます。

会社の近くにアパートを借り、引っ越しも一緒にやります。

縁もゆかりもない土地へ、私を頼って来てくれた。

今振り返っても、ありがたいことだったと思います。

彼はその後、ティーズを離れます。

それでも東京には戻らず、今も群馬で塗装の仕事を続けています。

一緒に働いた時間には終わりがあっても、あのとき群馬へ来てくれたことまでなくなるわけではありません。

もっといいものが、つくれるはずだ

2016年9月に、同級生の設備屋。

2017年1月に、仕事先で知り合った先輩の内装屋。

2017年6月に、東京から移ってきた塗装屋。

設備、内装、塗装、ハウスクリーニング。

違う技術を持つ人が、一つの会社に集まりはじめていました。

ただ、私が考えていたのは人数のことではありません。

この六十坪でそうだったように、工程と工程の間には必ず「取り合い」があります。

その受け渡しを、見積もりでも電話でもなく、同じ会社の中で済ませられたらどうなるのか。

図面に描ききれない部分を、その場で決められたらどうなるのか。

もっといいものが、つくれるはずだ。

本気で、そう考えていました。

このとき感じた手応えは、その後のティーズを大きく動かしていくことになります。

良くも、悪くも。

その話は、もう少し先で書こうと思います。


VOL.004|家具のある風景。

築40年を超える一軒家。家具を借りて、完成した空間を写真に残しました。この四か月後、私は初めて、完成した空間に家具を置いて撮影をします。自分たちの技術だけでは、空間が完成して見えなかった日の話です。

ティーズオールワークスは、群馬県高崎市でリノベーション・リフォーム・注文住宅を手がけています。

インテリアショップ「ティーズガレージファニチャー」では、実際の家具や素材に触れながら、住まいのご相談をしていただけます。

まだ何も決まっていない段階でも構いません。

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