2026年6月8日
誰も来ない、家具屋。
平日はゼロ。土曜日もゼロ。日曜日に、一組。

2019年9月23日、小学校からの同級生と二人で、T’s Garage Furnitureをオープンします。
私は建設会社を経営していましたが、家具屋は初めてです。彼も前の会社を辞め、この店で新しい仕事を始めます。二人とも、家具を売った経験はありません。
一階に家具と雑貨を並べ、暮らしを想像できる店をつくる。そこへ来た人が二階へ上がり、いつか住まいの相談につながっていく。
そんなことを考えていました。
けれど、現実はまったく違いました。
オープンから三か月。売上は、全部合わせても十万円ほどです。
オープンから二、三週間は、Instagramを見た方がまばらに来店します。それも、長くは続きません。
土曜日に一人も来ないことなど、ざらでした。お客様が偶然かさなると、それだけで店の空気が変わる。ごくまれにしか起きないので、よく覚えています。
時間だけは、たっぷりあります。
新しい仕入れ先を探す。レイアウトを変えてみる。掃除をする。そして二人で、こんな話をするのです。
「全然いけるでしょ」
根拠は、ひとつもありません。ただ、そう言い合っていました。
家具は、売れません。
それ以上に困ったのは、別のことでした。
建築の相談が、来ない。
一階に人を呼び、二階へ上がってもらい、住まいの話につなげる。そのために始めた家具屋です。そもそも一階にお客様が来ないのですから、その先が始まりようがありません。
投稿は、毎日していました。店に並べた家具を撮り、投稿する。そして、いいねを押して回る。
当時の群馬で、建設会社や工務店のアカウントはまだ手探りでした。とりあえず作ってはみたものの、どう使えばいいのか分からない。そういう状態がほとんどだったと思います。ここは戦える、と考えていました。
県内のアカウントを片端から見て回り、いいねを押し続けます。フォロワーは三千人に届き、ひとつ投稿すれば二百のいいねがつく。数字だけを見れば、決して弱いアカウントではありません。
それでも、店には人が来ない。来ても、建築の話にはならない。
知られてはいる。
けれど、結果が出ない。
私は、店に立たなくなります。大八木町の本社にいる時間が、少しずつ増えていきました。理由ははっきりしています。
売れてる? リノベにつながった?
建築の社員にそう聞かれるのが、嫌でした。家具屋なんて始めた意味がないじゃないか。そう思われたくなかったのです。
彼のことも同じでした。客の来ない店の留守番をして給料をもらっている。そう見られているのではないかと、勝手に気を揉んでいました。誰かに言われたわけではありません。
そして本社にいる私は、店に立ち続けている彼に対して、がんばっているのは自分だけだと思うようになります。
声を荒げたことはありません。言い争いも一度もない。ただ、無言になる。店へ行く回数が減る。
県内の不動産会社の一覧をつくります。原状回復、リフォーム。片端から電話をかけて、仕事を取りに行こう。
彼に、そう提案しました。
彼を誘ったとき、私は営業をしてほしいとは一言も言っていません。家具屋を手伝ってほしい、売れなくてもいい。そう伝えて、前の会社を辞めて来てもらったのです。
その約束を、三か月で私のほうから変えました。営業の経験はありませんし、そのつもりで来たわけでもない。彼が受け入れられなかったのは当然です。
話し合いの末、2020年1月末での退社が決まります。
強くは引き止めませんでした。寂しさはありましたし、同時に、少し安堵していたのだと思います。
売れなくてもいいと言って誘ったのは私で、売れないことに先に音を上げたのも私でした。
弟の誠龍に原状回復の仕事を任せ、自分は家具屋に集中する。そう伝えたのを覚えています。
最終出社の日、近所の焼肉屋へ行きました。二月から入ることが決まっていた新しいスタッフも一緒に、三人です。
役に立てなくて、ごめん。
いや、流行らせられなくて、こっちこそごめん。
お互い、がんばろう。
そんな会話だったと思います。
彼とは今も連絡を取り合っています。新しくなったティーズガレージファニチャーにも、家族で遊びに来てくれました。
場所が悪い。扱いたかったブランドが扱えないせいだ。弟にもよくぐちをこぼしていました。
資本のある会社に、名前の通った会社に、なぜ勝てないのか。この問いそのものは今も持ち続けていますが、当時は答えを外にばかり探していました。
陰口も、耳に入ります。社長の趣味の家具屋。直接言われたわけではないぶん、よけいにこたえました。
見返してやる。当時の私を動かしていたのは、そこです。暮らしを編集するとか、家具から住まいを考えるとか、そういう言葉はまだ持っていません。
閉めたほうがいいのではないか。
そう頭をよぎる日は、何度もありました。建築につながらない、客も来ない。考え込んでいる日のほうが多かったかもしれません。
それでも、店を畳む決断だけはしませんでした。
近いうちに必ず、家具と建築はつながる。
根拠は、やはりありません。誰も来ない店で「全然いけるでしょ」と言い合っていた頃と、何ひとつ変わっていない。
ただ、そこだけは疑っていませんでした。
入れ替わりで、一人が入社します。
グラフィックデザイナーからの紹介でした。塗装をアルバイトで一、二年経験し、これから独立して塗装屋をやるつもりだと言っている。技術はこれから。ただ、営業には自信があると話していました。
採用したのは、塗装職人としてではありません。家具店のスタッフとして店に立ち、現場にも出て腕を上げ、そして自分で仕事を取ってくる。そういう役割です。
勝算は、ありました。ゼロから独立して営業を始めるつもりなら、すでに会社があり、店がある場所を起点にしたほうが早い。彼には、そう話しています。
この店を自分の店だと思ってほしい。ただし一人ではないし、責任は私が持つ。オーナーの気持ちで、やってほしい。しつこいほど、繰り返し伝えました。
ほどなくして、一人の女性が飛び込みで店に来ます。ここで働きたい、と。
世界観のある店をつくれれば、人は集まる。仕事も、必ず来る。
そのときも、私はそう思いました。
VOL.009|建築の相談は、まだ少ない。
見返したい一心で走っていた頃の話です。
ティーズオールワークスは、群馬県高崎市でリノベーション・リフォーム・注文住宅を手がけています。
インテリアショップ「ティーズガレージファニチャー」では、実際の家具や素材に触れながら、住まいのご相談をしていただけます。
まだ何も決まっていない段階でも構いません。