2026年6月9日
建築の相談は、まだ少ない。
見返したい一心で走っていた頃の話です。
建築の仕事は、回っていました。ただ、家具屋から生まれた仕事は、まだわずかです。

2020年1月、同級生が店を去り、入れ替わりに元々塗装で独立するつもりだった職人が入社します。
それから三か月、店は彼と私の二人で回していました。
2020年4月、そこへもう一人を迎えます。家具屋から建築につながった仕事は、まだ数えるほどでした。
誤解のないように書いておきます。仕事がなかったわけではありません。
原状回復とリフォーム、そしてリノベーション。会社の売上はこの頃も伸びていて、現場は常に動いていました。
ただ、そのうち家具屋があったから取れたと言える工事は、それほど多くありません。
建築は回っている。入口としてつくったはずの店だけが、思うように働いていない。
2019年の夏、会社で中古マンションを一室買います。家具屋をオープンするよりも前のことです。
店を出すことは、すでに決まっていました。ならば中古マンションを買い、自分たちでフルリノベーションし、そこへ自社の家具を置いて再販する。事業としても、見せるものとしても、両方が成り立ちます。
七十平米、3LDK。工事が本格的に動き出したのは、店を開けて少し経った頃でした。
店で採用した黒いトイレ、黒いオーバーヘッドシャワー、黒い水栓。都内では珍しくありませんでしたが、当時の群馬でこれを使っている家は、ほとんどなかったと思います。
マンションも、店とテイストを合わせる。考えたのはそれだけです。
建具、洗面ボール、浴槽、エアコン。黒が選べるものは、すべて黒。換気扇も配管も玄関ドアの内側もマットブラックで塗装し、天井の左官はダークグレー。黒い冷蔵庫と洗濯機まで探して入れました。床だけは、栗の無垢材です。
困ったのは、キッチンでした。
黒い面材を出していたメーカーは、ちょうど廃盤になったばかり。他社を当たっても、当時、黒いキッチンは見つかりません。探し続けて行き当たったのが「IKEA」でした。
埼玉の店舗まで行き、業者として買えないかと尋ねます。この場では決められない、後日連絡します、との返事。数日後、法人の担当部署から電話がありました。ビジネス登録をすれば取引ができる。取り付けを自分たちで行えるなら、その分は御社の仕事になります、と。
群馬県内に登録している建築会社はいるかと聞くと、数社あるが実際の取引はまだない、という答えでした。
IKEAのキッチンを、自分たちの手で取り付ける。
それは、ティーズの売りになる。
2019年12月、完成します。
引っ越し業者に頼み、店から家具と雑貨を運び込みました。レイアウトを決め、置いていく。カメラマンを入れて、一日がかりで撮影します。
同級生と、二人です。
IKEAのキッチンいいね。黒い洗面ボールかっこいいね。無垢の床ってやっぱりいいな。
二人ともすでに自分の家を持っていましたから、住みたいという話ではありません。今から家を買うなら、こういうリノベーションをして、好きな家具を置きたい。そんな言い方をしていた気がします。
こういう仕事を、これから店で取っていこう。
そう言い合った、その暮れに、彼から辞めたいと切り出されます。退社は翌1月31日。
2020年2月、不動産会社から依頼が入ります。以前から付き合いのある会社で、VOL.004で書いた物件も同じ会社からでした。

築四十五年の平屋。壊して建て替えるより、直して売るほうがいい。社長は、そう考えていました。
当時流行っていたカリフォルニアスタイルのアースカラーを入れたいと考えました。外壁は濃いめのブルーグレー、室内に現した柱と梁は薄いブルーグレー。
予算の都合でフルリノベーションはできません。それでも間取りを変えるために間仕切りを壊し、天井を解体していくと、取り合いの内壁まで手が入る。開けてみれば、断熱材が入っていない。ならば、きちんと入れる。
床下は昔の布基礎で、土がむき出しです。湿気が上がってくる。今なら土間を打つところですが、予算と相談して、家全体の基礎に調湿の石を敷きました。電気配線はすべてやり直し、プロパンガスをやめてオール電化にしています。
できる限り予算内で検討し、後になって分かる断熱や湿気の対策も、できるときにやっておく。そう決めました。
この現場にも、店から家具と雑貨を運び込んでいます。運んだのは、1月に入社したばかりの彼です。
2020年4月、二件目の中古マンションが仕上がります。こちらも自社で購入した物件です。三DKをすべて壊し、大きなワンルームにしました。男の秘密基地、自分だけの趣味の部屋。そういうイメージだけでつくっています。
運び込みで難儀したのが、ヴィンテージのソファーでした。
エントランスが三階、部屋は一階。エレベーターはありません。引っ越し業者の二人では階段を下ろせない。力ずくならいけるがヴィンテージ品は保証できない、と言われました。
結局、彼と二人で運びます。傷つけないように、落とさないように。あの日、何より神経を使ったのはそこです。
彼はセンスがよく、撮影のために私物のギターや小物、服を持ち込んできました。私も趣味のスニーカーを持ち込み、レコードとターンテーブル、オーディオ一式を買い足す。並べたのは彼です。
いつか自分たちの中古戸建を買って、ティーズでリノベーションしてほしい。
そう言ってくれたのを、よく覚えています。
一件目のマンションは、販売開始から一か月で申し込みが入りました。奥様のためのセカンドハウスとして。二件目は二年かかり、最後は女性の一人暮らしのお住まいになっています。男性に向けてつくったつもりのものが、どちらも女性に届きました。二件とも、家具ごとお渡ししています。
Instagramでオープンハウスを告知すれば、五件、六件とメッセージが届く。ご契約くださったのは不動産ポータルサイトを見た方でしたが、反応があること自体が、当時の私にはうれしかった。
それでも、店から建築の相談につながる件数は、まだまだ少ないままでした。
分かったうえで、需要は必ずできる、この店は必ず流行ると、自分に言い聞かせています。彼が「絶対に流行りますよ」と言ってくれるのも、正直、効いていました。
2020年4月、大八木町の本社にいると、店にいた彼から連絡が入ります。
飛び込みで女性が来た。Instagramを見た、こちらでは採用をしていないかと聞かれた。
すぐ店へ向かいましたが、すでに帰られた後でした。
その場で彼に聞きます。立て続けに三件、店の家具を入れてきたけれど、店から建築の相談になった案件はまだまだ少ない。それでも私は手応えを感じている。どう思う。
お客様は少しずつ増えている気がします。建築の相談はたしかにまだ少ないですが、僕も手応えは感じています。自分から働きたいと言ってくるくらいですから、一度、話を聞いてみたらどうですか。
そう言われて、連絡を取りました。
面接に来られたのは、転勤でご主人と群馬へ移ってきた方でした。インテリアコーディネーターの資格を取ったばかりだといいます。家具屋であることよりも、運営しているのが建築会社であることに惹かれた。そう話してくれました。
念を押します。ここはただの家具屋ではありません。店に立ちながら、建築につながる営業も担ってもらうことになる。それでも大丈夫ですか。
やってみたいです、と。
採用を決めました。
店の売上は固定費に届かず、家具屋から生まれる建築の仕事もまだ少ない。そこへ、給与がもう一人分乗ります。甘い算段です。今ならそう言えます。
ただ、彼一人に背負わせるより、二人で店を育ててもらい、私が支える。その形をつくりたかった。
結果が出るより先に、人を増やしました。
VOL.010|アカウントが、消えた日。
唯一の武器だったInstagramを、その翌月に失います。2020年5月の話です。
ティーズオールワークスは、群馬県高崎市でリノベーション・リフォーム・注文住宅を手がけています。
インテリアショップ「ティーズガレージファニチャー」では、実際の家具や素材に触れながら、住まいのご相談をしていただけます。
まだ何も決まっていない段階でも構いません。